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今日12月8日はジョン・レノンの命日です!

John Lennon - Time “When the Music Died”

1980年の今日12月8日
元ビートルズのジョン・レノンが亡くなりました。
熱狂的ファンの発砲により、4発の銃弾を胸、背中、腕に受け、病院に搬送される。しかし、8割の血液を失う“失血性ショック”により午後11時15分死亡、享年40歳。



“When the Music Died”
1980年12月8日、この日の衝撃は生涯忘れないでしょう・・・

John Lennon Glasses

【1980年12月8日、ジョンの最後の1日】

午前6時
起床

午前8時前から10時まで
ジョン、1人で外出(行先不明)

午前11時
アニー・リーボヴィッツによるフォト・セッション
 
この時の写真は、後に『ローリング・ストーン誌』の表紙とベスト盤のジャケットに使われました。

午後2時
住まいの階下にあるオフィスで、RKOラジオのインタビュー

ポールが聞いたら泣けるようなセリフを・・・
『本当の意味で一緒にいい仕事が出来た相手はポールとヨーコ』

あたかもこの数時間後に起こる悲劇を予兆し、怯えているかの如く・・・
『死んで埋められるのは、ずっと先の事だと思いたい』

一方、60年代を共に生きた人たちに向かっては、こんな希望に満ちた言葉も・・・
『70年代は散々だったね。80年代はいい時代にしよう』

そして、希望に満ち溢れた計画を・・・
『もう1枚、アルバムをリリースして、その後、ツアーに出たい』
1981年3月日本を皮切りに、ワールド・ツアーを計画していたとのこと・・・

午後5時
ジョン、ダコタ・ハウスから、レコード・プラント・スタジオへ出発
アパートを出たところで、数人のファンにサイン
その中に、犯人のマーク・チャップマンの姿も・・・

皮肉にも、ジョン最後のフォトは、犯人とのツーショットといわれてます。

午後5時30分
スタジオ到着後、ヨーコの新曲「Walking On Thin Ice」のミキシング、そして完成!

途中、新アルバム『ダブル・ファンタジー』の発売元ゲフィン・レコードの社長デヴィッド・ゲフィンから、英国でリリースから2週間で、ゴールド・ディスクを獲得したことを知らされる。
 
吉報を受けたジョン・・・
この時の様子を後日、グフィン氏は、
『この最後の日ほど、幸せそうなジョンの姿を見たことがない』と・・・

午後10時30分
スタジオを後にして、自宅へ

午後10時50分
ダコタに到着
ヨーコに続きジョンがリムジンから降りる・・・
すると、背後から・・・ジョンを呼ぶ声が・・・
「ミスター・レノン?」

振り返るジョン・・・

響き渡る銃声!
容赦なく5発の弾を撃ち込むマーク・チャップマン

午後11時
ルーズベルト病院に搬送

午後11時15分
ジョン・レノン死亡

John Lennon Glasses

【1980年12月9日東京、ジョン・レノンの悲報】

八重洲ブックセンター
…1980年12月9日12時30分から13時50分頃まで…

30年以上前のこの時間、今でもはっき覚えているのは、14時に東京駅で待ち合わせの為、時間つぶしに東京駅前にある八重洲ブックセンターで立ち読みしていました。
何故、はっきり覚えているのかというと、あの悲劇を知った時、『その時、俺、何処にいたんだろう?』と思ったからです・・・『あ~あ、ブックセンターにいたんだ!』
そして、その時、読んでたのが、偶然にも、ジョンの本でした!

夕方、東京駅キオスクにて
当時、住んでいたのは横浜~東海道本線で帰ろうとして、『新聞でも買おうかなあ~』と思いつつも『まっいいか!やめよ!』~しかし、虫の知らせか、名残惜しかったのか、チラッとキオスクに目を向けた瞬間、身体が凍りつくのが自分でも分かりました……
何枚か折り重なった夕刊紙の赤見出しに『・ノン』『射殺される』の文字が…
直ぐに夕刊紙のところに走りより…


『神様、どうかジョンでありませんように』・・・
・・・と願いながら、新聞を抜き取ると・・・
・・・・・・願いも虚しく新聞にはこう記してありました・・・
“ジョン・レノン射殺される”


この日のそしてこの新聞を抜き取る時の緊張感、「ジョン・レノン射殺される」という文字を確認した時の気持ちは、決して忘れることは出来ないでしょう…

Dream is over ....
自分が、あの本屋で、ジョンの本を読んでいた丁度その時、ジョンは、自宅のダコタ・ハウスの前で射殺されたというショックな内容、5年間の空白の後の復活直後だけに悔しかったですねぇ~例えようのない悔しさでした!
10年間、ちょっとした再結成の話題にも胸を躍らせたファンも多かったでしょう~
この日、ビートルズ再結成が完全に消滅したのです…
もう二度とその夢を見ることさえも出来なくなったのです…

この1980年12月9日、
東京駅の売店での“緊張感と喪失感”は一生忘れることが出来ないでしょう!

note
この記事は、毎年、この日に繰り返し再投稿をされ、場合によっては加筆されます。




関連記事

THEME:The Beatles(ビートルズ) | GENRE:音楽 | TAGS:

COMMENT

ジョンの日

ジョンのアルバムは『心の壁、愛の橋』しか持っていない。
「ロックンロール」とベスト以外はレンタルもしたことがない。
理由はただひとつ
アイツの声が聞きたくないから

最近、ジョンのアルバムを聴きたい思いにかられていたが、アイツの声を耳にせず聴けるアルバムはないのだろうか

何で?

Poona さんへ

『ジョンの魂』『イマジン』『ヌートピア宣言』と全くヨーコの声は入ってないよ!
1972年頃の活動のイメージが強過ぎるからだと思うけど、ヨーコのヴォーカルが入っているアルバムは『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』とラスト・アルバムの『ダブル・ファンタジー』、後はトロントでのライヴ。

錯覚は「ドント・ウォーリー・キョーコ」のトラウマだな(爆)

よかった

ありがとうございます

『ジョンの魂』『イマジン』『ヌートピア宣言』
正月休みに安心して聴いてみます

レノンの訃報

ここで何度も書きますが、私は化学研究ゼミの4年生で、研究室で聞きました。その日はたまたま助教授にもらったお弁当を食べる気になりませんでした。

ターミネータが本当なら、さらにその前に送り込んでマークチャップマンを射殺してやりたいと思います。

あいつにその後の人類の偉大な遺産を奪われたのだから。

要修正

Johnさん、タイム誌の下の死亡記載が2001年に
なっていますよ。

私は昨年書かせていただいたので遠慮しておきましょ
う。いずれにしてもあの日から33年も経ってしまった
のですね。自分も年をとったことを実感します。それに
しても嫌な思い出も若い時のことはよく覚えている。
むしろそんなことを恨めしく思ったりします。

もしあのまま健在であれば…
いろいろな妄想が膨らみます。もしかしたらJohnが
ラップ調のものをやっていたんじゃないかとか、逆に
60歳ぐらいで音楽界を引退して悠々自適な、やりた
い放題の人生を送っていたのでは、とか…
いずれにしてもどこまでも音楽ファンの心の中に生き
続けている永遠のカリスマですね。それはこれからも
変わることはありません。

要注意

polna さんへ

安心して聴いてください!(笑)
ただし、『ジョンの魂』、もしかしたら、あの御仁の声がサービス・トラックで入っているかも・・・

命日に

はじめましてJimiと申します。
ジョンレノンの命日に♪ジェラスガイを聴いています。

ジョンレノンが亡くなった日
私はその日の夜帰宅後TVを見ていた兄から告げられてジョンレノンの死を知りました。
ダブルファンタジーも発売されたばかりでしたので最初は
まさか?と信じられない気持ちでした。

ボブディランが今年の秋のツアーでジョンレノンに捧げた曲♪ロールオンジョンを初披露しました。

公開はされていませんが1966年ボブディランとジョンレノンがタクシーに乗っている姿は今ではYouTubeで見ることができます。

ジョンレノンの命日に♪ジェラスガイを聴いています。

仮釈放申請を許可せよ!

マスPさんへ

普通に事故なら諦めもつくけど、狂人に意味もなく殺されてしまったから、残念ですね!

懲りずに、何度も、仮釈放申請を出しているようだけど、ヨーコも反対せずに、許可してやればいいですよ!

恐らく1週間もしない内に、殺害されますよ!

大きな声じゃ言えないが・・・

一緒にいた人はまだ生きてるんだよね!
昨日のスーパーライブに出てたよね?

元気なら73歳で来日公演したかもね
あの人とは完全に離婚してるはずだし(爆)


ジョージに併せる為・・・

free bird さんへ

いやいや、全く気付きませんでした!
ジョージに併せる為に、そのままコピーし、12月8日の日付と内容を変更、年号を1980に変えるのをうっかりしました!(笑)

若い時の記憶・・・
特にこの日の記憶ははっきりしてます!
立ち読みしていた本は、だいぶ前に出た『ビートルズ革命』だった思います。

ジョンは、この事件がなく、今でも健在なら・・・
多分、何度か警察沙汰を起こしていたでしょうね(笑)




初めまして・・・

Jimi さんへ

ジョンが亡くなった後、会社の先輩でビートルズ・ファンだった人と、追悼飲み会をしました。
その時、二人でしみじみと歌ったのが「ジェラス・ガイ」でした。

ジョンが復活、ツアーもやる気満々で、前を向き始めた時だっただけに、更にショックが大きかった・・・
「スターティング・オーヴァー」の最初のチ~ンを「縁起でもない!」と不吉に感じたのが思い出されます。

もう80歳

あふがん(アフ子)さんへ

あの方は、もう80歳になるんだね!
それに比べりゃあアフ子先生は、ション弁臭いオネエチャンだわ(爆)

ジョンが健在なら・・・
多分、被災地でミニコンサートをやってるわ!


複雑な思い

その日(1980年12月9日 火曜日)以降しばらく続いた喪失感は今もはっきりと覚えています。
                                    実はその日は、8年後に伴侶となった相手と偶然知り合った日でもあるのです。 嫁には特に理由はないのですが、そのことは言っていません。

(不仲ではないのですが・・・  今も一人でSHAVED FISHを聴いています)

復活直後

twoboys さんへ

今度、奥様に「僕と出会った日はいつか覚えてるか?」と聞いて下さい!(笑)

ジョンの場合、復活直後だっただけに、ショックが大きかったですね!
主夫生活中だったら、これ程のインパクトがあったかどうか・・・???

タイミングがねえ~まるで、カリスマ性を増させる為に神様が仕組んだんじゃないかと、つい勘ぐりたくなりますよ。



・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・
またこの日が来てしまった。
何か書き込もうと何日も考えていたんだけど、
たいしたことは何も思いつかず、
凡人であることを思い知らされるのみ。

33年か・・・ こんなに経ってしまうと、
不覚にもこの日を忘れてしまったことも過去に何度か。なんか悲しいですね。
自分が40歳になることはもちろん、
ジョンの年齢を遙かに超えてしまうなんて考えたこともなかったのに。
・・・・・・・・・・・・


今年はこちらのブログのおかげで、1ヶ月前からポールとジョンをかなり聴くことが出来ました。
北海道の片田舎暮らしなんで、ポールのライブは全く無理でしたが、ブルーレイのソフトになったら、すぐに予約するぞっっっ   っと!

Dream is over

モノ・ミンタさんへ

ソロ活動のスタートしてからをリアルタイムで聴き続け、何度となく再結成の噂に心躍らせた僕たち世代は、この日が、まさに“Dream is over”でした。
この後、洋楽を聴くことが極端に減って行きました。
勿論、仕事や生活に追われていたこともあったでしょうが・・・

この年になっても、未だビートルズを聴き続けているなんて、昔は思いもしませんでしたよ。
ソウル赴任の義兄と姉に「東京ドームにポールのコンサートに行った」という事を話したら・・・
姉から「あんたは、ビートルズファンを超えたビートルズ狂」という返信・・・
ちょっと、気恥ずかしくもあり、誇らしくもありました(笑)




v-255 ジョンさま、おはようございます。

キオスクでの緊張感と喪失感。
そこに至るまでのお話を拝見しながら
胃のあたりがキリキリしました。

>この最後の日ほど、幸せそうなジョンの姿を見たことがない
レコード会社の社長さんのこのお言葉に救いを感じました。

コメント考えながら寝てしまいました(^_^;)

私も高校時代に喪失感?虚無感?な日々を送りました。←ご無沙汰していた塾の先生からの電話で事実というとどめ…その先生はビートルズについて本をだしている方で、リンゴ夫妻が仲人?らしい。        
ファンになった時はすでに解散していてワーキャーできず←同級生に目立つ洋楽ファンはいなくて(ベイシティーローラーズファンはいたけど、ちと意味が違うし)…中学の同窓会で「ビートルズ好きだったよね~」って(中1で既に知れ渡っていたかも)、話したことないかもな男子に未だに言われる私…(≧∇≦)   
そんなこんなで(ショックで)、積極的には洋楽は聴かなかった時期も…。

夢見た10年間

shoppgirl さんへ

今だったら、ほんの1時間後か2時間後には情報が入って来るんですがね!
10年間、夢見たビートルズ再結成が消滅した日だったから、本当にショックでした。

ちえさんへ

ビートルマニアの中学生!
未だに同級生から言われるなんて、大したもんですね(笑)

あの日は風邪が酷くて、次の日、休みました。
ショックで寝込んだと勘ぐられました(笑)

こんばんは^^
最後の1日・・・、こんな感じだったのですね。
ポールが聞いたら泣けるような言葉も言っていたんですかぁ。
撃たれて病院に搬送されるも、全身の血液の8割を失う「失血性ショック」で亡くなったのですね。
血だらけのメガネの画像が、悲劇を物語っています。
Wikipediaを見てみたら、"I'm shot!(撃たれた!)"と2度叫んでアパートの入り口に数歩進んで倒れたんだとか・・・。
キオスクでのジョンの訃報の話、こんなことがあったのですね。
私はジョンが撃たれたのは私が生まれる2年前のことでしたが、本やTV番組、ウェブサイトで何度見ても悲しくなります。

イマジン出来ない!

saya さんへ

saya さんのように、ビートルズを知った時は、もうジョンはいなかった・・・
この経験はないので(笑)よくわかりませんが・・・
自分の経験と照らし合わせてみると、ビートルズって、大昔のバンドのイメージ???

想像を絶するね!(爆)

No title

またこの日がやってきましたね!もう45年近くなるのか・・。明日は小生の誕生日です。あっカンケーねーか(苦笑)元日記事はジョンレノンが家族で泊まった軽井沢のホテルを紹介いたします。

冗談はよして下さい(爆)

ローリングウエストさんへ

2014-1980=34年
わしゃあ、45年近くだったら、爺さんになってしまう!(爆)
軽井沢の万平ホテルに泊まり、ジョンが通ったパン屋に行って、フランスパンを買う・・・長年の夢です。
因みにジョン・レノン・ブランドのサングラス付き眼鏡を購入するつもりです(笑)

元旦を楽しみにしております。

No title

毎年、この日を迎えると特別な感慨がありますね。来年元日の記事は来日50年記念でビートルズ特集でスタートさせる予定です。

いろいろな方のジョン・レノンへの思い出談、読みました。自分は夕方のテレビ・ニュースで訃報を知りました。夜9時からのNHK「ニュースセンター9時」冒頭の10分間、異例のジョン・レノン追悼映像が流れたことが思い出されます。


ジョンの生前に、「ダブル・ファンタジー」を買い、聴けたことは良かったと思います。まっさらの新作として聴くのと、追悼盤として聴くのとでは、まるで印象が違いますからね。さらに今は廃刊の雑誌「写楽」での、篠山紀信撮影によるジョン・レノン特集を読めたのも良かった。結果的に短かったジョンの活動再開を見聞き出来たことは、誇りにしたい貴重な体験です。


ちなみに自分はヨーコ・オノ、昔から全くオーケイです。ヨーコ嫌いは勝手ですが、ヨーコの楽曲におけるジョンのゴキゲンなギター演奏を楽しめることが出来ない連中は、哀れなレノン・ファンです。“ヨーコの心”でのスリー・フィンガー奏法、または“ホワイ”などでのフリーキーな演奏っぷり、“誰が風を見た”“マインド・トレイン”などでの、カッチリと曲をまとめあげる表現力……ギタリスト・レノン。イケますね!!

ちえさんの塾講師は、故・香月利一氏ですね。
彼のリンゴ・スター体験の話は、もちろん氏の著書で読めますが、リンゴ、1977年のアルバム「ウイングズ~リンゴ・ザ・4th」の日本盤ライナーでも読むことが出来ます。

元旦は僕も

ローリングウエストさんへ

筆が進まなく、下書き状態の記事が増えて困ってます(笑)
2ヶ月近くのサボりが余りに大きいようです。

元旦は僕もビートルズ関係で行こうかな?


それぞれの人が・・・

通行人さんへ

ジョン・レノン暗殺のニュースをリアルタイムで聴いた人は、衝撃的だっただけに、それぞれの思い出があるようですね!
復活したばかりで、「さあこれからだ!」という時期だっただけに、そのショックは計り知れないものがありました。

個人的にはジョンが家庭に引き籠ってしまい、忘れかけてた頃の復活、あまり洋楽を以前ほど聴かなくなっていた時期での復活~その期待値は針が振り切れれる程の状態でした・・・

それだけに、この何ともやるせないこのニュースは、その後10年ほど続く僕の“洋楽冬の時代”に突入する切っ掛けになりました。

さてヨーコの事ですが・・・
わたしゃあ、完全に“哀れなレノン・ファン”ということになりますな!(笑)
ここにいらっしゃるお得意さんの殆どが、哀れな人たちばかりですv-221
個人的には彼女のソロアルバムの範囲で彼女が何をしようが自由ですが、ジョンのアルバムの参加は控えて貰いたかった~これが正直な気持ちです!

アルバムを録音するとき、ヨーコの部分を取り除いて編集しているという人を何人も知ってます。

ヨーコの存在で、「イマジン」という名曲は生まれたかも知れません。
・・・が、たとえそれが存在しなくなっても、ジョン・レノンという人はあくまでも“ロックンローラーのジョン”として全うして貰いたかったというのが本音です!

因みに、ビートルズにかなりお詳しいようですから・・・
これからは、通行人さんじゃなく、"Dr.John"と名乗られたいかがでしょうか?(笑)


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プロフィール

JOHN BEATLE LENNON

Author:JOHN BEATLE LENNON
ビートルマニアとして、ほんの僅かの年齢差でリアルタイムで経験出来なかった世代です。
ビートルズ史を中心にブログが進行していきます。

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